Nabeshi photo blog

日常写真の備忘録です。どうぞよしなに。

冬の知床(前編)

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ヒトは住むのか、棲むのか。

 

 北海道、知床。オホーツク海に面し、アイヌ語「シリ・エトク(sir etok)」が名前の由来とされる。シリ(sir)=「陸地・大地」、エトク(etok)=「突端」という意味で、知っているような口を叩いているが、実は先ほど調べて初めて知った。そう言えばウトロ地区にある道の駅の名前は「道の駅ウトロ・シリエトク」だった。シリエトク、シリエトコ、シレトコ。

また、「ウトロ」という地名も「ウトゥルチクシ(その間を我々が通る所)」が由来だそう。北海道の市町村名の8割はアイヌ語由来というが、地名をなぞっているうちにアイヌ語の勉強ができる。そういう旅も面白そうだと考えている。

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α7Ⅲ + SIGMA35mm f1.2 DG DN Art / f2.8 1/3200s ISO100

ホテルから窓越しに見る景色のレベルとは信じられないほど。眼前には前日から引き続き滞在している流氷が広がる。このままずっとここに流氷があるようにも感じるが、その日の気温、風向き次第では全く見えなくなることも十分あり得る。流氷はかなりデリケートなものらしい。

ここウトロ地区より先は冬季通行止めとなるため、ツアー等をのぞき、陸地を移動できる知床半島オホーツク沿いの最東端に位置する。

 

 

そこで今回はスノーシューというかんじきみたいな器具を足に装着し、知床の原生林を探索しながらフレペの滝を目指す3時間程度のツアーに参加した。夏場は遊歩道が整備されている区間だが、冬季はスノーシューがないと立ち入ることができない場所である。こういう時はツアーガイドに引率してもらうのが最も楽だ。

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α7Ⅲ + SEL200600G / f5.6 1/2000 ISO100 200mm

ツアーガイドを先頭に全員でラッセル車のように歩くため、振り返るとこのように歩いてきた道が出来上がる。前日などに歩いた道があれば歩きやすいが、自分たちで道を作るとなるとやや体力がいる。時折膝近くまで雪に埋もれることもある。

当たり前ではあるがここは野生動物が数多く生息している場所である。人工物なんて一つもない。特にこの日は風もなかったので、「動物の鳴き声以外の音がしない」状態だった。家電の音、隣人の音、車の音、電車の音など、私たちは様々な音に囲まれて生活している。その当たり前に気付かせてくれるのがこうした自然の世界なのかもしれない。自分たち以外の人の気配は全くなく、鳥の鳴き声やキツツキが木を叩く音が時折空間に響くのみ。しかし音が全く無くなるという感覚よりは、「無音がある」という表現の方が近いように感じる。それほど不思議な感覚だった。

 

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α7Ⅲ + SIGMA35mm f1.2 DG DN Art / f2.0 1/6400s ISO100

 しかしここは自然そのものが残っている原生林ではなく、開拓の際一旦伐採され、その後に育ってきた二次林だそう。原生林はもう少し奥地に入ってからになる。後編で紹介する写真の木々と見比べると二次林ではやや木の幹が細いようにも見える。

道中、やや広い空間があった。そこは昔、開拓者の家が建てられていたそう。こんなところにも人が住んでいたとは今では考えられない。もはや「住む」のか「棲む」のか。でもこの地や滝、川、木などにアイヌ語源の名前が付けられていることから、私の想像の遥か上をゆく昔からこの地に人間は足を踏み入れていたのであろう。

その横に何やら見覚えのある木の幹が。桜である。厳密にはエゾヤマザクラという品種で、本州でよく見かけるソメイヨシノよりはずっと色が濃く、鮮やかな桜である。その可憐さとは裏腹に他の木々と違って幹もずっと太く、たくましさすらも感じる。おそらくずっと昔からこの地で花を咲かせてきたのだろう。

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α7Ⅲ + SEL200600G /f5.6 1/2000s ISO100 200mm

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α7Ⅲ + SIGMA35mm f1.2 DG DN Art / f2.8 1/8000s ISO100

「無音の空間」

しかしそこに何も居ないわけではなく、こうして動物たちの生きる痕跡がしっかりと残っている。「足跡」という言葉がこれほどしっくりくるのは雪国の冬ならではなのかもしれない。上段の写真では見にくいが、ガイド氏曰くこれはエゾジカの足跡だそう。下段はキツネかタヌキの足跡(どちらか忘れてしまった)。四足歩行でありながら真っ直ぐ一本の足跡ができるのはとても興味深い。この足跡をずっと辿っていると、途中で忽然と消えてしまっていた。新たに積雪があった訳でもなく、ガイド氏も「これは不思議ですね・・・」と首を傾げる。

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α7Ⅲ + SIGMA35mm f1.2 DG DN Art / f1.4 1/5000s ISO100

ややピンボケではあるが、中央の木に丸い巣のようなものがある。これはエゾリスの巣だそう。一見、樹上に巣作りすると天敵の猛禽類に襲われそうに感じるが、周囲の落葉樹ではなく、中央の針葉樹に巣を設置していることから、天敵から見つかりにくいように、生き物の知恵を活かして生活していることが感じ取れる。エゾリスは樹上を飛び回るように生活する。木の上に巣を作ることが、最も生活に即しており、理にかなっている。

 

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iPhone11Proにて撮影

 生憎広角レンズは所持していないので近影はスマホで撮影。これはエゾモモンガの食事跡らしく、半分だけ食べられているのが特徴。そして食べカスは雪の上に落ちるので、いつどこで食事していたのかが大体見当がつく。残念ながらこの日は動物には巡り会えなかったが、これが食事跡と知らなければ単なる木の端にしか見えない。この文章をまとめている三月下旬、エゾモモンガの求愛行動が盛んになっているというラジオニュースを聞いた。今日も何処かで生活しているのだろう。

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iPhone11Proにて撮影

キツツキが作る木の穴にモモンガなど小動物がいることもあるそう。こうした知識を得ることができるところもツアーガイドの醍醐味。

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iPhone11Proにて撮影

そして知床を語る上で切っても切り離せないのがヒグマである。この日は3月初旬。まだ雪深いとはいえ、気温はプラス温度で天気も良くポカポカしている。そんな日は冬眠しているヒグマが春と勘違いして起きてしまうこともあるそう。そうでなくとも、そもそも冬眠せずエゾジカなどを捕食しながら越冬する個体もあるため、こうした北海道の自然の中に立ち入るときは正しいヒグマ対策の知識や装備をあらかじめ準備するか、ガイドツアーに参加するなどの方法が推奨される。ヒグマ対策を怠ると本当に危険。

この写真に写っている木にはヒグマの爪痕がしっかり残っている。決して他人事ではなく、実際にその場に居たことがわかる。ヒグマは木の上にいることも多い。雪が溶け、美味しい木の実を食べに木登りをする。その際にできる爪痕だそう。夏や秋のツアーでは木を見上げると子ヒグマがいることもあるとのこと。その場合は近くに親ヒグマがいる可能性が非常に高いため、慌てず騒がずその場から離れるんだとかなんとか。

 

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α7Ⅲ + SEL200600G / f6.3 1/400s ISO125 385mm

ヒグマに限らず、野生動物と人間との関係は都心部に住んでいる限り意識することは滅多に無いかもしれない。それが北海道、知床に来ると、自然とそうした場面に考えが及ぶ。一方、その壮大さを目の当たりにすると、自分自身ができることは限られているようにも感じる。それはもしかしたらこれまで本やテレビ、あるいはネット上の世界だったものが、突如目の前の現実として現れ、その壮大さに気圧されているからかもしれない。しかし私が思うに、こうした野生動物と人間の関係について必ずしも何か行動しなければいけない訳では無い。ただそのことを知っているか知らないか、その違いに大きな意味があると思う。

 

続く。

 

 

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